Archive for the ‘life’ Category

思いはとどく

1月 17th, 2021

 

 

 

 

私たちは戦争や大きな災害で犠牲になった人々の慰霊のために、特定の日時に黙祷を捧げています。そのような祈りは目には見えませんが、間違いなく大きな力となって働いているだろうと思っています。

思いの持つ力について、19世紀のインドに生きた聖ラーマクリシュナは次のような言葉を残しています。

 

思想の持つ力を理解しているものは数少ない。もしある人が洞穴に入って閉じこもり、そして真に偉大な思想を考えだした後、そこで死んだとする。しかし、その思想は洞穴の壁から滲み出し、空間を振動し、遂には全人類に充満するだろう。思想の力とはこういうものだ。

– 「インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯」 より-

 

 

 

力をあわせて

12月 28th, 2020

 

 

 

 

空気のように当たり前にあったものがなくなったときに、その存在の大切さがわかるように、この一年の間に私たちは多くの大切な物事に気づかされました。自由に地球上を行き来できた日々が夢のようです。

私たちは今、等しく一つの試練に向かい合っています。みなが地球という家に住む一つの家族、兄弟姉妹として力を合わせてこの難題を乗り越えていくことができるように祈ります。

 

 

 

 

真実をさがす

11月 10th, 2020

 

 

 

 

昔から農業に携わる人は、田畑を起こし種をまく時節を判断するために、山川草木、自然の姿にあらわれる徴(しるし)を目安にしてきました。祖先から言い伝えられてきたことが、自身の体験によって確かなものであることを知っているからです。

新しいことを学んだり発見したりしようとする場合はどうなのでしょうか。その昔、天動説が定説であった頃、動いているのは地球のほうであると口にすることは大変な勇気と覚悟が必要だった時代がありました。みながそう言うからといって、それが真実であるとは限らないのです。

真実を見出すためには、透明な心と冷静な理性、そして最終的には直観が大切なのではないかと思います。

 

昨今のニュース・メディアの流す報道に接して思うこと。
 

 

空と海

7月 22nd, 2020

 

 

 

 

時には空を見上げ、遠くをみはるかすのもよいですね。
視野を広く、視点を高く。

 

 

 

 

身体に聴く

6月 27th, 2020

 

 

 

 

僧院などでは日々行う物事の区切りに太鼓や鐘を打ち鳴らすことが一般的です。それにはいくつかの理由があって、遠くからも聞こえることや、言葉による伝令よりも音の方が身体が素直に反応するからなのだそうです。言葉を聞くと思考や感情がはたらき、反応が鈍ることがあるからでしょうか。

習い事をするときには同じ動作を繰り返し練習して、身体に浸み込むように覚えさせることをしますが、頭を使わずに身体で物事を理解することには何か秘密がありそうです。

武道などをはじめ様々な芸道の中で、作法などを一度身体が覚えるとそれがそのまま自然の理にかなっていることが分かります。身体にはこの法を学ぶ智慧が備わっているようです。