比叡山

 

 

雪の山中をほとんど裸に近い格好で飛ぶように移動する行者の姿が、ヒマラヤなどをトレッキングする人たちに目撃されることがあります。彼は決して空を飛んだり水の上を歩いたりするために修行をしているのではありません。修行者は、それぞれの役割をもって行をされているのだそうですが、その恩恵によりこの世界の平和やエネルギーの秩序が保たれているともいいます。

呪法を自在に扱ったという役小角(えんのおづぬ)など、わが国にも山の中で暮らし、行に生きた人々が多数いたことは想像することができます。

都からほど近い比叡の山もそのような場所であったかもしれません。伽藍が整えられ、参拝の人や車が出入りする寺領にも連綿と続く行のための場所が点在します。そうした行は、国家の鎮護や安寧のためになされると聞きます。行場でもある常行堂と法華堂、そして宗祖最澄の廟のある浄土院は、比叡山の中でも特にその場所だけが別次元の清浄な空気をもった聖域のように感じられます。

 

 

 

一隅を照らす、此れ則ち国の宝なり。
–  最澄「山家学生式(さんげがくしょうしき)」-