本と人と

4月 3rd, 2022

 

 

 

 

この頃は音楽や書物は電子データで聴いたり読んだりすることが多くなりました。ひと昔前は、音楽はレコード盤を回して針を落とし、溝に付いた傷の雑音とともに聴いたものです。

書物も、本棚に並んだ背表紙を眺め、本を取り出して頁を開いて文字を読みました。手に取ったときの重さや紙の硬さ、柔らかさ、匂いまでがその本の一部分になっていて、本を読むということは、そのすべてを味わうことだったように思います。

もう少し身体全体の感覚を使って、多少の不便さが残っても人生を豊かにしてくれるものを大切にしてもよいのではないかと思っています。

 

 

 

 

 

 

冬雪さえて

2月 24th, 2022

 

 

 

 

 

仕事場にしている民家は丹後地方の標高の高い谷筋にあり、冬になると平地よりも雪がたくさん積もります。10年に一度くらいは大雪になって家のまわりは雪の山に覆われてしまいます。

ここに移住してきた頃はまだ若かったので、風呂や暖房には薪を使い、トイレの肥は畑に撒き、その畑もすべて手作業で耕していました。
今では風呂も暖房も灯油になり楽になりましたが、冬の除雪作業には苦労しています。

それでも、雪の山里はとても静かでなかなかよいものです。

 
 

春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえてすずしかりけり(道元)

 

 

 

心で

12月 25th, 2021

 

 

 

 

 

 

欧州に住むクラシック音楽の世界に詳しい方の話によると、本当に素晴らしい演奏をする音楽家は、有名な音楽家にも付かず、コンクールなどの賞にも縁のない、無名な人が多いのだそうです。私たちが素晴らしいと思っている演奏家は、実はそのように思い込まされているのです。

おそらく、もっとも高い境地を実現した人々とは、伝記に残っている偉い僧侶や本をたくさん残した大学者ではなく、一人で山へ籠って、誰にも知られることなく生きた無名の人びとなのでしょう。
世の中の風評に惑わされることなく、本当のものを見定める力量をもつことはとても大切である、というお話です。
 
 

ものごとは心で見なくてはよく見えない。
ほんとうにたいせつなことは、目に見えない。

-サン=テグジュペリ『星の王子さま』-

 

 

 

古典に聴く

11月 28th, 2021

 

 

 

 

クラヴィコード。金属の弦を叩いて演奏する鍵盤楽器です。
耳で聞くというよりも心で傾聴するような微かな音色で、天上からのやわらかな光に包まれるように感じます。

音量が抑制されているのは、祈りのために使われていたからで、この楽器の造られた14世紀には修道士が自ら製作し、演奏していたのだそうです。

先日京都のギャラリーで演奏会があり、中世の修道院の空間にいるような静謐な時間を体験することができました。

 

 

 

 

美の神に捧ぐ

10月 29th, 2021

 

 

 

 

絵は何のために、そして誰のために描くのでしょうか。
美しいもののなかには、必ず真実が含まれていて、絵描きはその美を描くことで人びとに真実を伝え、その魂に明りを灯すのです。

 

 


絵は自分のために描くのではない。
美の神への奉仕として描くのです。
-大野俶嵩-

-松生歩『描くことの源泉へ-発想の源を遡る』より-