Archive for the ‘words’ Category

生命の言葉

金曜日, 11月 4th, 2022

 

 

 

 

普段何気なく使っている言葉ですが、言葉は思考や感情と深く結びついているので、たとえば「ありがとう」と声に出して言うと、それを聞く人も話す本人もありがたいという感謝の気持ちが胸に広がっていきます。

ですから、人を傷つけるような言葉を話せば、同時に自分も傷ついてしまうのです。そして一度放たれた言葉は取り消すことができないので、言葉の扱いには本当に気をつけなければならないと思います。

わが国には言霊(ことだま)といって、言葉には霊力が宿っていると考えられてきました。

 

初めに言(ことば)があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。
-ヨハネによる福音書第1章1節-

 

 

 

 

 

物心一如

日曜日, 7月 31st, 2022

 

 

 

 

感性の豊かな人の多くはすべてのものに命があり、心があると思っています。それは経験からそのように確信をしているのです。動植物はもちろんのこと、石や岩、鉱物などにも固有のエネルギーが備わっていることを感じています。

機械や道具類も丁寧に手入れをして大切に扱っていると、よい仕事をしてくれることも経験からわかります。それでは物にも意識があるのでしょうか。それについては次のような話を聞いたことがあります。

 

砂漠のなかを車で移動していて燃料が尽きてしまい、行き交う車もない場所で困り果てていたとき、運転手は車に向かって「お願いだから次の街まで走ってください」と声をかけたところ、燃料が空にもかかわらず車のエンジンがかかり、街まで動いたという話です。

 

昨今、AI(人工知脳)には意識があるのかどうかという話題に接し、そのようなことを思い出しました。

 

 

 

 

 

一生を終えるときに

土曜日, 6月 25th, 2022

 

 

 

 

一生を終えてのちに残るのは、
われわれが集めたものではなくて、
われわれが与えたものである。
-Gérard Chaudry-

 

人は何のために、そして誰のために生まれ、生きて死んでゆくのでしょう。だれもが一度は考えたことがあるのではないかと思います。自分の望みどおりに生きて人生を終えることのできる人は幸いです。

この言葉は三浦綾子氏の小説のなかで繰り返し引用されていて、ひとつのテーマにもなっています。このことばと出逢った同じ頃に、たまたま観た映画で、ある修道院の院長が映画の終わりに同じことを話していました。

シンクロニシティということを強く思った経験です。

 

人生はあっという間に終わってしまうので
人は個人的な楽しみのために集めたものに関わらず
死ぬときには何もできません
しかし他の人に何かを与えたという遺産を残します
-「The Good Struggle」より-

 

 

 

 

真実を語る

火曜日, 2月 2nd, 2021

 

 

 

 

 

嘘が良くないことは子供でも分かることですが、その本当の理由を知る人は多くありません。

嘘をつくことは自分と相手を同時に欺くことであり、思いと話す言葉と行いが真っ直ぐにつながらないので、思うことが実現できなかったり、話す言葉が相手の心まで届かなかったりするからです。そしてそのような状態にあると物事の判断を誤ったり、逆に人に騙されたりしてしまいます。

生きていく上でいつも真実を語ることは簡単なことではありません。時には命を落とすことがあるかもしれません。それでもその勇気を持ち続けたいと思っています。

なぜなら、人の真価は実績や名声ではなく、誠実さや謙虚さにあると思うからです。

 

 

Honesty is hardly ever heard
And mostly what I need from you

– William Martin Joel –

 

 

 

 

思いはとどく

日曜日, 1月 17th, 2021

 

 

 

 

私たちは戦争や大きな災害で犠牲になった人々の慰霊のために、特定の日時に黙祷を捧げています。そのような祈りの力は目には見えませんが、世界の隅々まで届いてはたらいていることを信じています。

思いの持つ力について、19世紀のインドに生きた聖ラーマクリシュナは次のような言葉を残しています。

 

思想の持つ力を理解しているものは数少ない。もしある人が洞穴に入って閉じこもり、そして真に偉大な思想を考えだした後、そこで死んだとする。しかし、その思想は洞穴の壁から滲み出し、空間を振動し、遂には全人類に充満するだろう。思想の力とはこういうものだ。

– 「インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯」 より-