Archive for the ‘words’ Category

真実を語る

2月 2nd, 2021

 

 

 

 

 

嘘が良くないことは子供でも分かることですが、その本当の理由を知る人は多くありません。

嘘をつくことは自分と相手を同時に欺くことであり、思いと話す言葉と行いが真っ直ぐにつながらないので、思うことが実現できなかったり、話す言葉が相手の心まで届かなかったりするからです。そしてそのような状態にあると物事の判断を誤ったり、逆に人に騙されたりしてしまいます。

生きていく上でいつも真実を語ることは簡単なことではありません。時には命を落とすことがあるかもしれません。それでもその勇気を持ち続けたいと思っています。

なぜなら、人の真価は実績や名声ではなく、誠実さや謙虚さにあると思うからです。

 

 

Honesty is hardly ever heard
And mostly what I need from you

– William Martin Joel –

 

 

 

 

思いはとどく

1月 17th, 2021

 

 

 

 

私たちは戦争や大きな災害で犠牲になった人々の慰霊のために、特定の日時に黙祷を捧げています。そのような祈りの力は目には見えませんが、世界の隅々まで届いてはたらいていることを信じてします。

思いの持つ力について、19世紀のインドに生きた聖ラーマクリシュナは次のような言葉を残しています。

 

思想の持つ力を理解しているものは数少ない。もしある人が洞穴に入って閉じこもり、そして真に偉大な思想を考えだした後、そこで死んだとする。しかし、その思想は洞穴の壁から滲み出し、空間を振動し、遂には全人類に充満するだろう。思想の力とはこういうものだ。

– 「インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯」 より-

 

 

 

真実をさがす

11月 10th, 2020

 

 

 

 

昔から農業に携わる人は、田畑を起こし種をまく時節を判断するために、山川草木、自然の姿にあらわれる徴(しるし)を目安にしてきました。祖先から言い伝えられてきたことが、自身の体験によって確かなものであることを知っているからです。

新しいことを学んだり発見したりしようとする場合はどうなのでしょうか。その昔、天動説が定説であった頃、動いているのは地球のほうであると口にすることは大変な勇気と覚悟が必要だった時代がありました。みながそう言うからといって、それが真実であるとは限らないのです。

真実を見出すためには、透明な心と冷静な理性、そして最終的には直観が大切なのではないかと思います。

 

昨今のニュース・メディアの流す報道に接して思うこと。
 

 

祈り

12月 27th, 2019

 

 

 

 

正月には多くの人が初詣に出かけ、掌を合わせて願い事をします。そのような祈りは届くのでしょうか。そして叶えられるのでしょうか。それについて、インドのある聖者はこのように語りました。

「対等の者に物乞いをすれば、君は立場を下げ、相手が立場を上げる。しかし神に願う時、君は神に近づくのだ。神に願いなさい。それは物乞いとは違うのだ」

 

私たちが神(仏)に心を向けるとき、たとえ願い事であっても、自分がその神聖な存在に近づくように感じます。頭(こうべ)を垂れ、身を低くして謙虚な心になって願うならば、その思いはきっと届いて叶えられるように思います。

 

 

 

 

手のひらの宇宙

11月 18th, 2019

 

 

 

 

色づいた落ち葉の美しさに驚いて、こんなに小さなものにも宇宙と同じような美の秘密があるのだろうかと思います。

工場で働く人が、旋盤の上に宇宙があるということを語っていました。同じように、碁をする人は碁盤の上に、画家は小さなキャンバスの中に宇宙があるのだと言います。

万物が相似形で現れていることをフラクタルというのだそうですが、それゆえに無限大の宇宙を身近なところで発見できるのかもしれません。

 

 

To see a World in a grain of sand,
And a Heaven in a wild flower,
Hold Infinity in the palm of your hand,
And Eternity in an hour.

– William Blake: Auguries of Innocence –

 

一粒の砂の中に世界を
一輪の野の花に天国を見るには
きみの手のひらに無限を
ひとときのうちに永遠をつかめ

ウィリアム・ブレイク 「無心のまえぶれ」