サンクチュアリ

 

 

 

恵比寿天と大国天の絵を制作することになり、所縁の土地を訪ねました。恵比寿天は事代主神、大黒天は大国主神と考えられていますので、それぞれの神様をお祀りする神社に奉拝してきました。

出雲地方は記紀神話や国津神と縁が深く、伊勢地方の空気とはまた違った印象を受けますが、長い歴史を通して守られてきた聖域に入ると、身も心も清められ、新しく生まれ変わるような気持になります。

この度いただいた有り難きご縁に感謝の意を伝え、無事の完成を祈念させていただきました。

 

 

 

祈りの声


 
 

昔のことになりますが、3年ほどかけて小さなお堂の中に絵を描く仕事をしたことがあります。扉は閉めていましたので夏は暑く、冬は防火のため暖房器具が使えずにとても寒かったことを覚えています。

中で仕事をしていると、足音や賽銭を投げ入れる音でお参りに来る人がわかるのですが、中には願い事や祈りを声に出す人もいます。

 

祈る人の声は、願い事や御礼、感謝の気持ちなどさまざまですが、みな真剣です。そのような祈りの声に助けられて、無事に仕事を完成することができました。

 

 

 

 

職人という生き方

 

 

職人という名から連想するのは「プロフェッショナル」という言葉です。仕事には自信と誇りを持ちながら自分を表に出さず、分をわきまえていて謙虚な姿勢をいつもたたえている人。

後世に残るような大きな仕事をする望みを持つこともあるかもしれませんが、目の前の仕事を誠実に取り組むという生き方。これは職人に限らずどのような職業の人にもあてはまりそうですね。

 

 

本当に素晴らしい人は、概して野にあって隠れ、学び、夢み、伝統をふまえ、しかも自分でないとできないこと、また自分ができるわずかなことを、本当の高く深い美しさを真剣に追求している人たちだと思っています。

– 「一茎有情」志村ふくみ・宇佐見英治共著より –

 

 

 

 

全身全霊で

 

 

横山大観の制作にまつわるエピソードの中で特に印象に残る話があります。

第一回帝展に出品された六曲一双の龍を描いた屏風を制作する際に、屏風の一折を1枚と数えて、完成までに90枚を書き直したという話です。大観はこの展覧会には特別な思いを持っていたのでしょうか、一切の妥協を許さなかった姿勢が伺えます。

偉大な先人に倣い、作品にはどのような小さな仕事でも常に全身全霊で心血を注ぐという心構えで臨みたいと思います。

 

 

数学のはなし

 

 

数学の専門家によると、数学の公理などは人間が考え出したものではなく、すべて隠されていたものを「発見」したものなのだそうです。

芸術家が想像力や霊感によって宇宙の中に暗黙の秩序を見出し、それを音や形にすることとよく似ています。優れた数学者が共通して持っているものは、謙虚さと特別の美意識、そして精神性です。

数学と芸術はそれほど離れてはいないかもしれません。数学者はみな、数学は圧倒的に美しいと言い切っています。

 

 

 

数学者は詩人でなくてはなりません

-ソーニャ・コワレフスカヤ-

 

 

 

職人の仕事

 

 

職人技とよく言われるように、職人の仕事を評価するのにその技術力に注目が集まります。

そのような話を師匠としていたときに、師はこう言いました。第一は誠実さ、第二に品格、技術は三番目である、と。

 

清澄な心で形を造り、そこに品位が備わって初めて美が顕れるということなのではないかと思います。

 

 

教え学ぶ

 

 

週に一度、10人ほどの教室で仏画の指導をしています。手本を渡しますが、自由に描いてもらっています。

仏画を通して仏教や宇宙のことを学ぶことを目的としていますが、感想を聞いてみると実際に筆をもって線を描くということで、自分のことや身近なことに気づくことが多いようです。

どの受講生もとても真剣に取り組んでいます。その姿に接することで、私も多くのことを学ばせていただいています。

 

 

 

 

制作と祈り

 

 
 

自分をわすれ

無心になって

筆をとること

 

そのすべての業を

宇宙の父と母に

捧げます

 

 

一隅を照らす


 

絵画や彫刻の修復の仕事に長く携わってきましたが、一職人の送り出した仕事の数はそれほど多くはありませんし、それがどのような役に立っているのかもわかりません。中にはほとんど人の目に触れることもないようなものもあります。

しかしながら、この世界はそのような人々の小さな光の支え合いで成り立っているのではないかと思います。

小さなともしびによってそれぞれの足元を照らす。その集まりで世界は照らされているのだと信じています。

 

 

透明になる

 

古い絵を復元するために模写をすることがあります。描かれた当初の姿を再現するのです。絵具が剥がれ落ちて見えなくなっているところは、集めた資料から類推したり、想像力を使って描きます。

模写をするときに大切なことは、自分の個性を表に出さないようにすることでしょうか。できる限り作者に近づいて、作者になりきって描くことができれば、よい仕事ができます。

 

自分を捨て、無色透明になること。その昔、仏画を描いた僧侶やイコンをひたすら模写し続けた修道士は、描くことで自我を消していく修行をしていたのではないかと思います。