大観のことば

 

 

 

 

様々な方法で自己を表現する人は、いつも自分自身を顧みなければならないと思います。

 

富士の名画というものは、昔からあまりない。それは、形ばかり写すからだ。富士を描くということは、富士に写る自分の心を描くということだ。心とは、畢竟、人格にほかならぬ。それはまた、気品であり、気迫である。

富士を描くということは、つまり、己を描くということである。己が貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい。富士を描くには、理想をもって描かなければならぬ。私の富士も、けっして名画とは思わぬが、しかし、描く限り、全身全霊を打ち込んで描いている。

富士の美しさは、季節も時間も選ばぬ。春夏秋冬、朝晩、富士は、その時々で姿を変えるが、いついかなる時でも、美しい。それは、無窮の姿だからだ。私の芸術も、その、無窮を追う。

-横山大観「私の富士観」 朝日新聞・昭和29年5月6日より-

 

 

 

 

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